9、お前の体は俺のもの

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9、お前の体は俺のもの

 初めて見る飛び込み台に、東條は足がすくんだ。  一番高いプラットフォームに自分が立ったことを想像しただけで、腰が抜けそうだった。  「更衣室、分かりませんでしたか?」  競泳用のパンツ姿で準備運動をしていた柳森が、入口近くで佇む東條を見つけて声をかけた。  既にクラブチームの練習が終わったプールは、二人だけの貸切状態だった。  昨日、東條が、柳森からの留守電が入っていることに気づいたのは、キッチンでのセックスを終えて、シャワーから出た後だった。  『柳森です。急ですが、明日、飛び込み台が使えることになりました。水永パンツを用意してきてください。場所はメールで伝えます』  メッセージはそれだけだったが、その前にも着信履歴があり、通話したことになっている。  「なあ、俺の電話に出た?」  ビーフシチューの仕上げをしている藤野に、東條は尋ねた。  「ああ、出たよ。さっきの彼だったから、留守電にメッセージ残しておいてくれって伝言しておいた。ついでに、隼人の喘ぎ声も聞かせてやった」  「はあッ?」  悪びれることなく話す藤野に、東條はムキになった。  「俺、バレるとマジでまずいんだよ。お前は、それほど仕事に影響ないかもしれないけど。俺は、バレたら仕事を干される。それに、柳森君とは毎日顔を合わせてるんだ。もし、彼がゲイを嫌悪してたら、仕事に支障をきたすことになる」  「‥‥この間も思ったけどさ。何で、今回は、そんなに真剣になるの」  「それは、この前も言っただろ。今回は‥‥」  藤野はコンロの火を止めて、東條に向き直った。  「問題ないよ。彼、世間離れしてるっていうか、どっか鈍そうだし。良く言えば、人が善さそうなカンジ? 人の悪口とか噂話とか、そういうの、言うようなタイプじゃないでしょ。それに‥‥」  そこまで言って、藤野はニヤリと笑った。  「そもそも、彼に分からせるためにやったんだから」  「どういうことだよ?」  「彼、隼人のタイプでしょ。小犬みたいな人懐っこい顔で、俺の両手握っちゃってさ。だから、今のうちに教えてやった方がいいと思ったんだよ。隼人はゲイだ、ってさ」  あまりに勝手な言い分に、怒りがこみ上げてくる。  「柳森君は、根っからのスポーツマンなんだ。真面目で、純真で、高飛び込み一筋で生きてきた子なんだよ。性別以前に、性的な好奇心に溺れるような子じゃないよ」
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