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「えっ、いや、それも今度にしようよ。風邪のせいか、俺、ちょっと目が回るんだよね。熱でもあるのかもしれないな。それにさあ、飛び込み前の演技を練習するなら、プールじゃなくてもできるだろ。別のところできっちり練習して、本番で上がってもいいじゃない。俺、本番に強いから、一発OKよ。全然、問題ないから‥‥」
「ダメです」
柳森は眉間に皺を寄せて東條の言葉を遮ると、彼の手首を掴んで、飛び込み台に向かって歩いた。
「おい、放せよ。実力行使にもほどがあるぞ。‥‥なあ、離してくれったら。そんな力で引っ張られると、痕になるって、この前も言っただろ」
泣き落としにも、柳森は動じない。
「俺は、主役だぞ。俺に何かあったら、お前の仕事も無くなるんだぞ。辛島さんも困るんじゃないのか。いいのか、辛島さんに迷惑かけても」
脅してみても、柳森は無言で歩いていく。
「なあ、何とか言えよ。何怒ってるんだよ。俺が何かしたか。‥‥ええっと、もしかして、あれか。昨日の電話の‥‥。あれは、男同士の悪ふざけだからな。俺は、別にゲイとかじゃないし。あれは、あいつが調子に乗っただけで、俺たちは、そんな関係じゃないからな」
柳森を止める術が見つからず、東條は、昨夜、必死で考えた言い訳をぶつけてみた。だが、柳森は、お構いなしにズンズンと進み続ける。
「お二人のことは、自分には関係ありません。そんなことより、主役なら主役らしく、覚悟を決めたらどうですか」
柳森に痛いところを突かれて、東條は、掴まれていた手を思い切り振り払った。
「お前に何が分かる。スタントマンの分際で。スポーツばっかやってきて、普通の男が当たり前にする経験もない。そんなんで、良いスタントができるのか。ただ落ちてるだけじゃないのか。スタントマンは、役者の肉体なんだよ。いわば、俺の体だ。俺の気持ちが分からなくて、スタントマンを名乗るな」
豹変した東條に、柳森は呆気にとられた。
「暫く自主トレにしてくれ」
そう言うと、東條は、手首をさすりながら出て行った。
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