1、ボーイの脅迫

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 「そんなこと、自慢になるか」  「自慢してるわけじゃないですけど‥‥事実だし。‥‥それに、そもそも盗聴器仕掛けてること自体、モラルに反してるっていうか、店の信用問題だし。ましてや脅迫なんて、それこそ立派な犯罪‥‥」  「だからって、現に、こうして会社のメールに、お前宛の添付ファイルが送られてきてるんだよ。放っておいて、ネットにでもアップされたらどうする。お前に、それだけの覚悟はあるんだろうな」  「‥‥すみません」  東條は、謝るしかなかった。  芸能界に同性愛者は少なくない。だが公表して許されるのは、主にアーティスト性が重視される裏方だ。性差を超える彼らは、寧ろ女優や女性タレントに親近感をもたれ、仕事と同様に人格も認められていく。それを機に表舞台でも活躍するようになるのだが、俳優の場合、そうはいかない。特殊な役を演じる以外、男優は男で、女優は女でなければ、視聴者も観客も納得してくれない。  特に、女性ファンの圧倒的な人気で俳優デビューできた東條にとって、ゲイであることが知られることは致命的だった。  デビューからの数年、『抱かれたい男ナンバーワン』の座を維持してきた彼のファンは99パーセントが女性で、旬を過ぎた今、彼女たちを裏切ることは、仕事を失うも同然だった。  急に大人しくなった東條に、蒲生は顔を近づけて声を落とした。  「リョウ、だっけ。アイツとは、どうなってる?」  蒲生は、やむを得ないとでもいうように、その名前を出した。  RYOは、東條が前に所属していたモデル事務所の後輩で、いわゆるセフレだった。  彼自身はバイセクシャルで、北欧で生活した経験があるためかフリーセックスの考え方を支持しており、相手と合意すれば誰とでも体をあわせる。  彼にとって、東條はその中の一人に過ぎなかった。  だが、東條にとっては、何とか芸能界を生き抜くための、ある意味、貴重な友人だった。心も体も暴走せずにいられるのは、口の堅いRYOが、当たり前のようにその捌け口になってくれているからでもある。  仕事関係者の中で、唯一、東條の性癖を知っている蒲生も、RYOのことだけは黙認してくれていた。  東條は大袈裟にため息をついてみせると、あえて寂しそうな眼差しで蒲生を見つめた。
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