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「今、海外ですよ。ミラノ、いやパリだったかな。アイツは、もはや手の届かない一流モデルですからね。たまーに帰って来た時くらいしか、相手にされないんですよ。やっぱり、別の男、探したほうがいいですかねえ。いつも側にいてくれる男なら、俺、こんな間違い起こしたりしないと思うんですよねえ。ねえ、蒲生さんなら、どうします? ムチャクチャ惚れた女が、急にいなくなったら、寂しくないですか?」
決してRYOに惚れているわけではないが、蒲生の思考を撹乱できるなら、どんな言葉でも良かった。
だが、これも失敗に終わる。
「男を変えるなら、その前に言えよ。相手によっちゃあ、契約書を交わす必要がある」
「もう、蒲生さん、堅いんだよなあ。一瞬で恋に落ちちゃったら、契約書交わす前に、愛を交わすでしょ、普通」
我ながら上手いこと言ったなと、東條は自画自賛して笑顔になったが、蒲生は片眉を釣り上げた。そして、呆れたように、分厚い台本をテーブルの上に叩きつけた。
「弁護士と相談して、買い取ることにした」
「えっ、この台本ですか?」
「違うよ。お前がナニしてる音声データだ。1本、要求された。ただの素人じゃないだろう」
「100万ですか? 俺の喘ぎ声が? へえ、あいつ、そんなに吹っかけてきたんだ。普通の売り専にしか見えなかったけどなあ。‥‥もしかして、俺って、そんなに商品価値があると思われてるんですかね」
「下らないことに自信をもつんじゃないよ。‥‥とにかく、お前には、その分働いてもらう。久しぶりの映画の主役だ。仕事を選んでる場合じゃないってことは、分かるよな」
蒲生は身を乗り出して、東條を睨みつけた。
「別に、選んでるわけじゃあ‥‥」と、言いたいところを、東條はグッと堪える。
ただ、どんな仕事も、俺より他の奴が演ったほうが、いい作品になる気がするんだよなあ‥‥。
そんな気持ちは、さすがに蒲生にも言えなかった。
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