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2、追い詰められて
芸能人や外交官が入居する都心の高級マンションの駐車場で、東條は頭を抱えていた。
送迎車の中で、現場マネージャーの水村晋(みずむら・すすむ)が蒲生に電話するが、かかったと思う度に何度も切られる。とうとう着拒にされて、水村は運転席から情けなさそうな顔で振り向いた。
「着拒にされちゃいましたぁ」
「ああッ?」
「ヒドいですよねえ、僕、直属の部下なのにぃ」
「うーん、そうねえ。それもそうなんだけどさあ‥‥」
自分の立場でしかものを言わない水村に、東條は内心イラついていた。
だが、ここは我慢だと、自分に言い聞かせる。そして、マネージャーとしての仕事を思い出させようと、別のアプローチを試みることにした。蒲生でも水村でもいい。何かしらの謝罪と、自分を安堵させる言葉を聞かなければ、今晩は安眠できそうになかった。
「水村くんはさあ、この話、聞いてた?」
苛立ちを隠しながら、猫なで声で聞いてみる。
「いやあ、前にスケジュールの確認をした時に、蒲生さんに聞かされたかもしれないですけど、あの人って、はっきり言わないじゃないですかぁ。だから、すっかり抜けてました。それに、蒲生さんって、直接、東條さんに話すことが多いから、聞いてるもんだとばっかり思ってましたよ」
悪びれる様子もなく、友達とでも話すような態度の水村に、ますます苛立ちが募ってくる。東條が、後部座席で貧乏ゆすりを始めると、水村は、それを蒲生への感情の表れと受け取り、見当違いのフォローをした。
「東條さんも大変ですよねえ。こんな役、いきなり押し付けられて。東條さんが高いところ苦手だって、蒲生さんも知ってるはずなのに。イジメですよ、イジメ。確か、前の撮影で、ジャングルジムの上に座るシーンもカットしてもらったんですよねえ。なのに、10メートルの高さから飛び降りるなんて、ヒドくないですか。東條さん、怒ったほうがいいですよ。僕、東條さんの味方ですから、いつでも応援しちゃいます」
そう言って、運転席でガッツポーズをする。
その満面の笑顔を見て、東條は諦めた。
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