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水村は、計算してものを言える人間ではない。自分の言葉が、役者のモチベーションを下げていても、全く気づかない。そのうえ、自分が担当する役者の仕事を正確に理解していない。それはマネージャーとしては大きな欠陥ではあるが、その分、裏表がない人間であるという証でもあった。前々から気づいていたのに、水村に気持ちのケアを期待した自分が愚かだったのだ。
東條は、丸めた台本をバッグに入れると、水村に言った。
「それじゃあ、連絡つくまで、蒲生さんに電話してみてよ。留守電残すとか、メール入れるとかさ。できるだけ早いほうが有難いかな。東條が、すごーく話したがってたって、話盛っちゃってもいいからさ」
東條としては、具体的な連絡方法を話して聞かせたつもりだった。
だが水村は、「それがですねえ」と、困り顔を東條に向けた。
「これから西脇さんの迎えが入ってましてぇ。そろそろスタジオ撮影が終わる時間なんですよねえ。ほら、ここ数ヶ月、西脇さんって、1日も休みないじゃないですかぁ。一分一秒無駄にしたくないって、メイクも落とさないで帰るんですよ。だからその時に、控室でスタンバってないと、すごく機嫌が悪くなっちゃうんですよねえ」
西脇信悟(にしわき・しんご)は、東條の人気が陰り始めた頃に移籍してきた事務所の後輩だった。7、8歳年下で、まだ二十代半ばだが、子役上がりで誰もが認める実力を有している。ビジュアルから人気が出た自分とは、何もかもが違うのだと、東條はいつも心の中で思っていた。
東條の業界デビューは、読者モデルだった。
街をフラついていたところをスカウトされ、女性たちの圧倒的な支持で、そのままプロのモデルになった。その人気をテレビ局が放っておかず、企画もの的なテレビドラマに出演したところ、誰も期待していない高い視聴率を獲得した。数字目当てのドラマのオファーが相次ぎ、モデル事務所では対応できないということで、ドラマや映画が中心の今の事務所に移籍した。そして、あっという間に、3年先のスケジュールまで埋まった。
長身で目鼻立ちのはっきりした東條の顔立ちは、画面の中でも存在感を放った。そのうえ身のこなしがスマートで、サッカーやバスケットなどの球技をやらせても様になる。そこそこ器用で勘がよく、周りの役者の足を引っ張らない程度には芝居もこなした。
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