2、追い詰められて

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 東條自身は、作品の本質について考えることはおろか、自分の演技プランを立てることもなかった。毎日のスケジュールをこなすだけで精一杯で、時には、今自分がどんな役をやっているのかも分からなくなってしまう。人気が落ち着いて、漸く周囲を見回す余裕ができた頃には、東條隼人の名前に群がるのは、一部の女性ファンだけになっていた。  西脇が移籍してきたのはその頃だった。初めこそライバル心を燃やしたものの、それが的外れだと直ぐに思い知らされた。  子役から青年に変わる難しい時期を乗り切ってきた西脇は、脇役、準主役、主役と、着実に実力をつけていった。同じ主役でも、東條とは乗っている土俵が違った。向こうは西脇の芝居を求める作品で、こっちは東條のビジュアルがあれば、あとは周りの役者たちの手練れた芝居で成立する作品だった。  例の地方ロケも、東條は、西脇が主役のドラマにワンシーンだけ出演したのだった。特別出演という形ではあるが、事務所が無理やりねじ込んだバーターであるように、東條には思えてならなかった。  主役を張っていた頃とは違い、現場のスタッフの態度も冷たくなっているように感じる。西脇の現場マネージャーも、一人では手が回らないと、水村を自分の手足に使った。東條は、控室でも撮影現場でも一人きりにされ、名ばかりの特別出演に、居心地の悪さを覚えた。忙しく動き回るスタッフや西脇に囲まれ、自分がそこに長居しては邪魔になるような気がして、出演シーンを撮り終えると、水村に声もかけずに、そそくさとホテルに戻ってきた。  地方向けの情報紙の広告を見て、風俗店のサイトにアクセスしたのは、そんな憂さを晴らすためだった。  「そういえば‥‥」  水村の話も耳に入らず、東條は、その日のことを思い返した。  あの日は古民家での撮影で、出演者の控室を個別に用意できず、スタンバイできた者全員が離れの別室で待っていた。たまたま西脇と二人になるタイミングがあったが、彼はすぐに撮影に呼ばれ、目を通していた雑誌を東條に渡した。  「これ、結構役に立ちますよ。僕、読んじゃったんで、どうぞ」  その時の西脇の顔に、不敵な笑みが浮かんでいたのを不審に感じたものの、それは、バーターで入れた先輩役者に立場の違いを見せつけた、余裕からくるものだろうと思っていた。  だが、その雑誌こそが、地方の風俗店だけを掲載した、騒動の元だったのだ。
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