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モップの柄がバケツにぶつかる音と、バケツを持ちあげる音。
ヨウちゃんの足音が、部屋から出ていく。
部屋の音が消えたとたん、がまんしていた涙が、ぶわっと目からあふれてきた。
しゃくりあげて、ひとりで、エンエン泣いて。
洗面所を借りて、手を洗うついでに、顔も洗った。
べたべたの涙は水に流して。鏡に向かって、笑ってみる。
うん。もう、だいじょうぶ。
肩のところで切りそろえた、ちょっと長めの髪の毛。頭のてっぺんに、ひとふさだけ、くるんととびだしているのは「アホ毛」。
いつものあたし。
まだ、目のふち、赤いけど、ギリギリセーフだよね。
「……ヨウちゃんは、お店かな?」
ヨウちゃんちの一階は、自宅カフェ「つむじ風」の店内。
ふいごの置いてある薪ストーブに、壁からぶらさがるドライハーブ。
メニューボードには、お庭に植えてあるハーブをつかった、ハーブティーやケーキの名前がならんでる。
お店は、ヨウちゃんのお母さんが、ひとりできりもりしている。
廊下から、ひょっこりお店の中に顔を出したら、カウンターの内側が見えた。
ヨウちゃんが手を洗いながら、「かあさん、なんか下に持っていける食べもんある?」なんて、きいてる。
「そうね、朝、レモンタイムのバウンドケーキ焼いたから、それなんて、どう?」
ヨウちゃんのお母さんは、ヨウちゃんよりも背が低くて、目が大きくて、小学生のあたしから見ても、かわいらしい。白いレースのエプロンに、ゆるいウエーブのかかったミディアムヘア。
ほっぺたにぽっくりエクボをつくって、ショーケースからケーキをふた切れ、出しくれた。
わっ! おいしそ~。
はしゃいでカクンターの中にとびこもうとして、あたし、ハッと、足をとめた。
お母さんが、眉をひそめて、ヨウちゃんの横顔をのぞきこんでいる。
「……どうしたの?」
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