こうもり傘と桜

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こうもり傘と桜

 ひどい頭痛は薬を飲んでシャワーを浴びたら少しマシになった。髪は乾かさずバスタオルで拭いただけで結ぶ。電車の中でどうせ乾くから平気。濡れていたほうがきっちり結べて都合がいい。洗面所で歯を磨き、適当な化粧をしながら、綾子は、茶の間で付けっ放しのテレビの音を聞いていた。女性アナウンサーが今日の天気と花粉情報を、情感たっぷりに読み上げている。それから桜の開花予想、今日は都心では満開らしい。せっかく咲いた桜が、冷たい雨に打たれています、と、アナウンサーは悲しげに声をあげる。月曜日から雨か。面倒な。うちに傘、あったっけ。  少なくとも一本、黒い、大きい男物の蝙蝠傘がどこかにあるはずだと思うのだが。  一本どころではなく、ほんとうは何本も傘くらい持っているはずだ。ビニールの、折り畳みの、安物ばかり。いつも使うときになると見当たらなくなり、新しく買うのだが、使い終わるとまた失くなるから、安物ですませる癖がついた。綾子は左手に持ったスマートフォンに目を落とした。ホームボタンを押すと、Androidの黒いスリープ画面が待ち受け画面に切り替わる。時刻表示は八時五分過ぎだった。傘を探す時間はない。     
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