79.バースデープレゼント(最終話)

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いよいよフリーターですらなくなってしまった冬真を見かねた父親が、自分の会社の製品を扱っている代理店で面倒を見てもらえるかもしれない、と言い出した。その会社に個人的に懇意にしている人がいるらしい。人が足りなくて困っているようだし、やる気があるなら本当に頼んでみるがどうする、と言われている。 冬真は返事を決めかねている。新しい事を始めるだけの気力がいまいち湧いてこないのだ。 もし宗司に相談したら、何を迷う事があるんだよ、って言われるに決まっている。 チャンスをみすみす逃すなよとか、そんな事ばっかり言ってないでちゃんと働けよとか、言われるに決まっている。どうにか冬真の重い腰を上げさせようと、何度でも何度でも言って聞かせてくる宗司は、でももういない。 いろいろな事を教えるだけ教えて、宗司はいなくなってしまった。 宗司とは、共通の知人や友人と呼べる程の相手もいなければ、お互いを自分の周囲の人間に紹介するような事もなかった。宗司と自分の関係は、宗司と自分だけで完結していた。 だからもう今となっては、お互いの動向を知る手立てもなかった。 いつまでも財布に入ったままだった、捨てろと言われたのに捨てなかった宗司の名刺を眺めてみて、そこに書いてある文字を見て、不思議な気持ちにすらなる。 瀬名宗司。そんな人間が本当にいたんだろうか。そう思えてしまうくらい、宗司は忽然と、ぱたりと冬真の世界から消えてしまった。     
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