5.はちみつレモンの帰り道

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少し離れた場所。この寒いのに、歩道の端で長いこと立ったまま向かい合わせになっている、たぶん自分たちとそれほど変わらない年頃の男女。夜とはいえこの辺りは遅くまで開いている飲食店も多いので明るく、その表情はよく見える。向かい合うその距離はごく近いのに、二人の間を流れる空気はここから見てもわかるくらい、あからさまに不穏なものだ。話している内容は全部は聞こえないものの、時々叫ぶような声と、相手を罵倒するようなせりふが聞こえてくる。 「…喧嘩?」 こっそりと、宗司が尋ねる。 「そうそう。さっきから泣いたり喚いたり、なかなかの百面相で見応えあるよー」 「…何やってんの。やめなよ」 「大丈夫だよ。自分たちの事に必死で気づいてないでしょ」 「そういう問題じゃないだろ」 呆れた声を出しつつ、宗司もちらちらとそのカップルを気にしている。気にしているのは何も自分たちだけではない。遅い時間とはいえ駅前で結構な人の往来がある場所だ。道を行く人々は皆見ないふりをしながら、遠巻きに様子を伺っているのがわかる。たぶんその事に気づいていないのは、当の本人たちだけだ。 「…あれ?解決したのかな」 両手で顔を覆って泣き始めたらしい彼女の髪を、困ったような顔をしながらも、彼氏の方が撫で始めた。しまいには、そのままその場で二人は抱き合う。なりふり構わず。人目も気にせず。 こっちは公道で抱き合う事はおろか、手も繋がないのに。やりたいのかと問われれば別にそうでもないくせに、なんとなく、やつあたり気味に冬真はそう思う。 「うっわー…なにあの茶番。よくやるよねぇ。公然わいせつで捕まればいいのに」 「…だからもう、あんまり見ないの。ほら行くよ」     
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