第1章

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私はてきぱきとミ婆の食事介助を終わらせ(今日は抵抗なく、珍しく完食させることが出来た)、夕飯の後片付けを終えて、リビングで小説を読んでた小夜に声をかけた。 「挨拶がセンスない男って冷めるよね。型通りの言葉しか使えない四大卒。しかも文系の男。私、いくら顔がよくっても一切好意を抱けないよ。でもその人だけは私のことを好いてくれるんだよ。そして全然面白くないメールを毎日寄越すんだ。小夜さん、どう思う?もうブロック、つまり縁切りしちゃおうかなって、私今気が荒ぶっているの」  小夜は本を読むふりをしながら、黙って聞いていた。そして本を閉じてぼそっと呟いた。独り言みたいに。 「言葉はただの道具ではない、と言いたいんかね?」 「そうよ、小夜さんは国語力すごいから、わかるでしょ?」 「そんなもん、わからん。何十年生きててもわからんもんだよ」 「じゃあ重さならわかる?価値って言ってもいいわ。『ちーっす』とか『バイなら』とかより、重い言葉っていうかさ、季語とか、俳句する人が何十万回、何百万回と使い込んできた言葉にかなわないと思わない?言葉にも賞味期限があるってことだよ。何十年何百年たっても古びない言葉って、もうそれは価値なんだよ。優れた言葉なんだよ。私は最近特にそういうことを考えるようになったよ」 「そうかい、私のせいだったら、そりゃ光栄なことだなあ、はは」 小夜は嬉しそうに笑った。そういや、小夜が笑ったところ、初めて見た。  歳時記を買っちまった。しかも、すごく高いやつを。これは仕事で使うためではない。つまり、ユニットのレク用じゃなくて、自分が句を詠むためのアイテムとしてだ。森下君はアプリのやつも持ってる。しかし彼はそのほとんどを暗記してて、さすがは俳句甲子園だ。 「ぼくはスマホのカメラでね、花とか虫とかをフォーカスしたら、画像認識で「梅」春の季語…とか画面にバッと出てくるアプリを開発したらめっちゃ儲かると思うんですよ。ああ、俺に理系の知識があったら、そんな吟行で大活躍する理想の歳時記アプリを開発して、大収益を上げてこんな仕事辞めてやるのに!キー!」
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