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プロローグ
パタッ パタパタッ…
目の前で起きていることが一瞬分からなかった。理解したときには、もう遅くて。
「に…逃げ、ろ…」
ゴフッと血を吐きながら、彼は言う。
背中にまで刃を貫かせて。
ボタボタと傷口からは赤い液体が絶えず流れている。もうダメなんだろう。頭のどこかで冷静に、だが残酷にもそう考えている自分がいて。
動かないと、彼を助けないと。
そう思うのに動けない。
「…おい、ゲホッ」
再び彼が声をかける。今度はこちらに視線を向けて。
「逃げ…ろつってん…のが、聞こえ…ねーの?もう、年かよ…ゲホッ」
血濡れた口元にうっすらと笑みを浮かべ、バカにしたように言う。真っ黒な髪は汗や血に濡れて、その顔色は思わしくなく、青白くて、まるで…死人のよう。
それでも髪と同じく真っ黒な瞳だけは光を失っていなくて。そんな彼を綺麗だと思って。
でも、それを知られたくないから、
「…まだ、100と25歳だ。ボケ。」
憎まれ口を叩く。
彼は己の真正面で律儀にこちらの会話に耳を澄ませながら待っている相手から意識をそらすことなく嫌みったらしく笑う。
「ふん、俺らからしたら十分ババアだよ」
息は整ったらしいが受けた傷は確実に彼の命を削っている。それでも彼は自分の命を削ってまでどうにかして私を逃がしたいらしい。
…だけど、
「逃げるくらいなら」
動け。動くんだ。
口だけしか動かせなかったのが、ようやくピクッと指先が動いた。それが合図のように全身の筋肉が動いて。
私はやっと動けた。
「私は、あんたを」
それじゃあ、ダメなんだよ
いつの間にか落としていた刀を握り直して、言葉を紡ぐ。彼にとって、残酷な言葉を。
「…いや、私をコロスよ」
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