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 頷いて塀から離れるが足元をふらつかせた。皓はさっと腕を取って身体を支えてくれた。 「本当にごめんなさい」 「気にするな」  これ以上の失態はなんとしても避けたかった。揺れると余計に気持ちが悪くなるのかもしれない。ジュリアンは自転車の後ろに乗るのを断った。 「そこだよ」 「あの一軒家?」 「うん」 「真っ暗だな」 「誰もいないから」 「家族は?」 「父と一緒に来たんだけど、今はキョートに行ってる」  表向き父親が日本に来たのは、教授である彼が日本の大学で半期だけの講義を引き受けたためだが、本当の理由は京都があった。ルイーズ・ディクソン――父親は知らないと思っているだろうが、ジュリアンは名前まで知っている。長年の父の不倫相手で、同じく研究を生業としている女性だ。  ジュリアンの一族が信仰するカトリック教では、離婚は難しい。いや両親の場合、離婚をしないのは宗教的な理由よりも体裁を重んじているからだ。その証拠に、ジュリアンがフレッドの影響を受けてカトリック教徒を止めると宣言した時は、いい歳をして泣くはめになった。しかし、彼と別れた今でもジュリアンのその気持ちは変わらない。ジュリアンが求めているのは姿の見えない神ではない。実際にぬくもりを与えてくれる無二の存在だった。     
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