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 差し出されたコップをジュリアンは素直に受け取った。確かに水分が必要だったようだ。少し喉に沁みたが、ただの水が喉を落ちていくのがこんなに気持ちいいことだったのかと感心した。 皓は立ち上がると、椅子の背に干してあったジーンズを取りながら話かけてきた。 「親父さんはいつ帰る?」 話よりも、ボクサー一枚の逞しい下半身に目がいってしまい、ジュリアンは慌てて目を逸らした。 「あ、明後日に帰ってくる」 「お前、日本語、分かるのか?」 「分からない」  父親と違い、いや寧ろ、同じ日本関係の研究をさせたがっている父親への反発か、ジュリアンは日本語を習うのは避けてきた。 「そうか――」  ジュリアンの父親は、世界的に名の知れた学者で、彼の著書は数カ国語に翻訳されている。専門は日本の文化史を幅広く手掛けている。日本とイングランドは同じ島国で、その精神性が似て非なるところが面白いらしい。 「一人で平気か?」 「だ、大丈夫だよ」  正直、体調が悪い中、言葉の分からない異国で一人は不安だったが、これ以上迷惑をかけることの方が負担だった。身支度を終えた皓は腕を組んで、じっと探るような目をジュリアンに向けてくる。落ち着かなくてジュリアンは視線を彷徨わせるが、皓はそれを気にする様子もなく、ややあって口を開いた。 「携帯、持ってる?」 「う、うん」     
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