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 不作法なのは承知でジュリアンはベンチに身を横たえた。身体が恐ろしくだるくて、吐いた衝撃で喉が痛い。酒は呑めない性質のジュリアンだったが、郷に入れば郷に従えの精神でほんの少しだけ口にした。それがまさかこんな事態になるとは思ってもいなかったのだ。望んで希望したわけではない留学のスタートは最悪だ。  一年飛び級していたジュリアンは既にパブリックスクールを卒業し、秋にはケンブリッジ大学へ進学することも決まっている。本当なら飛び級していた分をギャップイヤーに当て、今頃はフランスの言語学研究センターで研修をしているはずだったのだ。しかし、精神的なショックを受けたのをきっかけに身体を壊してしまった。暫くは引き籠っていたが、環境を変えた方がいいとの医者の勧めで父の仕事に半ば強引に帯同させられる形で日本に来たのだ。   渡されたペットボトルを頬に当てて砂浜の方に目をやると、ジュリアンの視界に走って戻ってくる皓の姿が映った。 「ニシモトコウ……」  初めての会話があんなものになろうとはジュリアンは思ってもいなかった。髪が長くて浅黒い肌の、エキゾチックな人並外れた容貌ゆえ意識せずにいられなかった彼の名を、ジュリアンは口もきかないうちから覚えていた。 身を起こそうとすると、駆け寄ってきた皓の手がすっと背中に添えられた。 「焦らなくていい。辛かったら少し寝てろ」  驚いたジュリアンが飛び上がると、軽く肩に触れてきた皓の手に制された。 「ごめんなさい……こんな……みっともない……」     
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