十二月の夏

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「行方不明の日本人夫妻発見される。夫の惨殺死の側で錯乱状態の日本人妻」というショッキングな大見出しの犯罪記事がシドニーの新聞に掲載されたのは、盛夏にあたる十二月に入ったある朝。初めてのヒートウエイブが明け方からねっとりと街をおおい、誰もが、うんざりするような長い熱い一日を予測した十二月の朝だった。 「キャンプホリデーに出かけたまま消息を絶っていた、アキオヤマダとサエコは北部のブッシュで発見された。ミスターヤマダはナイフで心臓を刺され絶命しており、ミセスヤマダは夫の側で泣きわめいているところを、ブッシュウオーカーの男性によって発見された。二人は犯人に拉致され、どこかで監禁され、今回の殺人事件に見舞われたものとみられている。詳細は、ミセスヤマダの 回復を待って明らかになるものと見られている」と続き、捜索願いを出していたKKトラベルの早川一哉の「山田くんは、真面目で誠実な人柄でした。オーストラリアの自然をこよなく愛し、ホリデーにはブッシュへキャンプに行のが常でした。それがこんな惨事に巻き込まれるとは」というコメントで結ばれていた。的な事件には慣れっこのシドニーの住民たちも、犠牲者が日本人であることに一瞬好奇の目を向けた。 一方、小さな日本人社会では、格好なスキャンダルとなった。好奇心を丸出しにした様々な憶測が、日本企業のオフィスの片隅、日本レストランのテーブル、日本人の家庭でささやかれ た。けれど、年末への慌ただしさも手伝い、人々の好奇心も次第に薄れて行った。
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