十二月の夏

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昭夫の部下である麗子と目が合った。早川夫人の手前それは不可能だが、一番お礼を言いたいのはこの人なのだ。同情と励ましが混ざったようなまなざしが光っている。事件後、警察や弁護士など司法関係の面談や取り調べなどで、すべて通訳をしてもらった。葬式の手配からマンションの解約まで細々としたものまで一切の仕切りをしてもらった。この人が居なければ、どうにもできず立ち往生していたのに違いない。冴子は、麗子に向かっ て、心からの感謝を込めて頭を下げた。 税関を出れば、もうそこはオーストラリアではない。陸の無国籍地帯。ゲートへ向かって歩きながら、太陽で光るオレンジ色の外の景色に足を止めた。ふと、五年前に初めてこの地を踏んだ時も、このようなオレンジの世界だったことを思い出していた。もう二度と、ここへ帰って くることはないだろう。さようなら、シドニー。 冴子は応接間のソファに一人で座っていた。テレビはついていたが、見てるわけではな い。たとえ見てたとしても、日常会話程度の英語力しかない冴子はほとんど理解できな い。昭夫は今日も遅くなることを先ほど電話で伝えてきている。昨日も一昨日も、冴子は一人でソファに座っていた。テエビをつけたままで。
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