十二月の夏

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冴子は白ワインをグラスに注ぎ、バルコニーへ出た。高台にあるマンショのバルコニーから、明かりのついた家が見下ろせる。動かない蛍のようだと冴子はいつも思う。あの屋根の下で色々なドラマが起きているのだろう。喜びや悲しみ、幸せや不幸が。冴子は幸せだとは思えないにして、ここから飛び降りてしまいたいほどの不幸を抱えているわけではない。 十二時を過ぎたのを確認すると、ベッドへ行く。十二時までに帰らない場合、先に寝ていいという取り決めがされている。シャワーを浴びた後、鏡の前でローションを顔に叩きながら、鏡の向こうの女を注視する。もう若くない平凡な顔立ちの無表情な女が居た。何を考えているのか。それとも何も考えていないのか。 ベッドで身体を伸ばすと、深部でセクシャルは欲望に火がついた。冴子は両腕で乳房を強く握りしめる。昼間、マーケットで見た逞しいオージーの青年が脳裏に浮かんできた。その逞しい身体を思い出しながら、右手が静かに下へ降りて行った。 「冴子さん、お手伝します」 快活な声とともに、麗子がキッチンへ入ってきた。 「大丈夫よ、ここは。あちらで皆さんと楽しんでいてください」 「二人で片付ければ早くすみます。冴子さんもみんなと楽しみましょうよ」 麗子はテキパキと食器やグラスを、自動洗い機に収めていった。ダイニングルームから は、大きな笑い声が聞こえて来る。昭夫は一年に数回、部下を自宅でのディナーに招待する。冴子はありきたりの刺身や天ぷらを用意するのだが、皆んなは大喜びしてくれる。今夜は麗子と彼女のボーイフレンド、パトリックに、ローカル採用で入社したばかりの二十代の若いカップル坂本夫妻、それに経理をしているマギーという五十の女性に彼女の夫というメンバーだった。
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