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インターフォンを鳴らすと人の動く気配がして、ドアが開いた。
「ただいま。遅くなって悪かったな」
野北の言葉に敦美は、ふるふると首を振った。彼は大荷物を抱えていた。
「まずは飯を食おう」
会話のない食事が始まった。空虚な雰囲気を吹き飛ばすかのように、野北はテレビを付けた。
(ユージィンも、テレビを付けて雰囲気を明るくしてくれた)
思い返して敦美は、胸の前で手を握り込んだ。
「……」
そんな彼女を、野北は黙って見つめていた。
食事が終わると野北は、彼女の前に書類を取り出した。ぼんやり見つめていた彼女の顔が段々と強張った。封筒に印刷されていた社名は、敦美が働いている会社のものだったからだ。
「クソ野郎と話をツケてきた」
彼女の身体がびく!と跳ねた。
「真にぃ……」
彼女が"働きたくない"と言った言葉を受けての行動だった。
(クズ野郎の事だ、お前の事をあげつらって会社に居づらくさせる肚だろう)
そう思った男は、先手を打ってきたのだった。
「お前は"休職届け"を提出した処、会社から依願退職を勧められた。退職金代わりに有給分を払ってくれると」
”自己都合の退職者に有給を買い取り出来ない”などとごねる淳美の上司に、男は悪ぶって携帯電話をかざしてみせた。青くなった上司は、淳美の有給を計算した額を野北の口座に振り込んだ。後で、彼女の会社名で振り込みをしようと野北は考えていた。
(クソ野郎からの”慰謝料”だと、お前は受け取れないだろ)
出来るだけ援助するが、現金が手元にあるとないとでは心理的な安定度合いが違うのだ。
「いずれ離職票が届いたら、失業手当の手続きが出来る」
「ありがとう」
敦美に涙混じりに見つめられ、野北はぽりぽりと?をかいた。
「お前、暫くここにいろ」
「ウン」
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