芽生え

4/5
前へ
/27ページ
次へ
 野北が出かける準備をした。 「真にぃ? 」 「お前も支度しろ」 「??? 」 コートを着させられると、車に載せられた。 --向かった先は、産婦人科。 「おめでとうございます。来年には、お母さんとお父さんになりますよ」 診察を終えた医師に、微笑まれた。二人は安堵の眼差しを取り交わした。 車の中に戻ると男は女を見つめた。 「敦美、結婚しよう」 「な、冗談は良してッ」 違う男の赤ん坊を身ごもっている女が、野北と結婚して言い訳がない。 「冗談なんかじゃない。俺は、お前とその子を守ってやりたい。お前と一緒に、赤ん坊を愛せる自身がある」  真摯な眼差しだった。男が誠実な人柄であることは、敦美はよく知っていた。 しかし。 (それだけで) 彼の人生を自分たち母子に巻き込んでよいのだろうか。  ふと、自分の母を思った。 一人で敦美を育ててくれた母は、どれだけ辛くて大変だったのか。 「敦美と小母さんを見てて思った。男手はあった方がいい」 野北は、ガハハと笑う彼女の母親が頼もしく生きているのを知っていた。敦美を育てている事を、心底幸せだと感じているのもわかっていた。 (それでも俺は、お前達に関わりたい) 「今すぐとは言わない。お前に預けておくから、好きな時にサインしてくれ」  差し出されたのは、夫側の署名・捺印済。そして、保証人二人分の欄も既に埋められていた婚姻届けだった。 ……記入日は、敦美が野北の家に転がり込んだ日になっていた。
/27ページ

最初のコメントを投稿しよう!

25人が本棚に入れています
本棚に追加