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野北が出かける準備をした。
「真にぃ? 」
「お前も支度しろ」
「??? 」
コートを着させられると、車に載せられた。
--向かった先は、産婦人科。
「おめでとうございます。来年には、お母さんとお父さんになりますよ」
診察を終えた医師に、微笑まれた。二人は安堵の眼差しを取り交わした。
車の中に戻ると男は女を見つめた。
「敦美、結婚しよう」
「な、冗談は良してッ」
違う男の赤ん坊を身ごもっている女が、野北と結婚して言い訳がない。
「冗談なんかじゃない。俺は、お前とその子を守ってやりたい。お前と一緒に、赤ん坊を愛せる自身がある」
真摯な眼差しだった。男が誠実な人柄であることは、敦美はよく知っていた。
しかし。
(それだけで)
彼の人生を自分たち母子に巻き込んでよいのだろうか。
ふと、自分の母を思った。
一人で敦美を育ててくれた母は、どれだけ辛くて大変だったのか。
「敦美と小母さんを見てて思った。男手はあった方がいい」
野北は、ガハハと笑う彼女の母親が頼もしく生きているのを知っていた。敦美を育てている事を、心底幸せだと感じているのもわかっていた。
(それでも俺は、お前達に関わりたい)
「今すぐとは言わない。お前に預けておくから、好きな時にサインしてくれ」
差し出されたのは、夫側の署名・捺印済。そして、保証人二人分の欄も既に埋められていた婚姻届けだった。
……記入日は、敦美が野北の家に転がり込んだ日になっていた。
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