25人が本棚に入れています
本棚に追加
「ダニエーレがスケッチが上手くなければ。そのスケッチにそっくりの貴女を見かけなければ。”アツミ”という名前だけでは探し出せなかったわ」
何と言う事をしてしまったのだろう。
淳美は口を手で覆った。
(私がユージィンのメモを読んで、大人しく部屋で待っていれば。階下へ降りなければ。ううん、二人の姿を見さえしなければ。こんなに哀しい想いをする事も、真治さんを巻き込む事もなかったのに……! そうよっ)
ハッとして、彼女は室内に居る”夫”の方を振り返った。
思っていたよりも、すぐ近くに彼はいた。騒ぎを聞きつけて、心配になって出てきたらしい。玄関口に立った野北は、淳美と夕人を交互に見た。彼は二人を見て、只ならぬ何かを察してたようだった。
彼女を護るように立つ男の、眼だけが狂おしく燃え盛っているのを夕人は認めた。
(この男も彼女を愛しているのか)
淳美の薬指に指輪が嵌っていた。
もしかしたら彼らは既に法的に婚姻関係にあり、それを周囲も認めているのかもしれない。
(優先権は彼にあるのかもしれない)
だが、夕人にも譲れない思いがあった。
(彼女の気持ちが自分に残っているのならば)
この男が赦してくれるのを、何時までも待つ。
(アツミの気持ちが、彼に在るのならば)
「アツミ、Mi puoi sposare?
(結婚してくれますか?)」
イタリア語で囁いたのは、彼女の負担を減らしたかったから。
(彼女が無反応なら自分は潔く、立ち去ろう)
しかし、淳美の体がぴくりと跳ね、二人の男は彼女が言葉の意味を理解しているのを知った。
最初のコメントを投稿しよう!