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沢俊一は会場の隅でことの成り行きを固唾を呑んで見守っていた。溝口画伯の秘書となって十五年余、いつかこんな日が来ると思ってはいた。秘書には相続の発言権がない。子のない現夫人と息子ふたりを産んでいる前夫人の女の戦いを黙って見守るしかなかった。前妻は、はっきりと「一円でも多く」と主張した。「バラして競わせてくれ」とも。十二枚しかない溝口作品が完璧な形で保存されていたのだ。それを散り散りにするなど考えられない。沢は血の涙の想いだったのだが毎日、顔をあわせていた現夫人もまた、この件に関しては味方ではなかった。「だってセンセイこそ『一円でも多く』って、お人じゃないの」妻ゆえの達観に秘書は引き下がった。
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