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槌音とともに進行役が64番、メガネ猿の番号札を指し示す状況が続き、その暴挙を消化できない皆の緊迫のなか、作品番号七と八が二枚いっしょに出た。溝口作品中、唯一の対(つい)、ペアである。タイトル『右近(うこん)の橘(たちばな)』『左近(さこん)の桜』――。
「二億」
欧州勢の第一声であっさり大台にのった。
「二億六千万、二億八千万」
メガネ猿が声を出さないので競りは俄然(がぜん)、活気づいた。
「五億」
三強陣営の別筋からコールがあった。ベレー帽の老人は関西の名のある画商だった。オークション会社の係員たちの表情がふっと和(やわ)らいだ。ルールに反していなくとも、ひとり勝ちは、やはり困る。
巷で『タチバナザクラ』と呼ばれているこの人気作品はグリーティングカードなどに形を変え、これまで幾ら稼いだかわからない。ベレー帽の出したキリのよい数字で思案の空気が会場に満ちた。だがここで一声、
「十億」
メガネ猿であった。その他大勢がつくりあげてきた調和は一気に崩れた。
「十億円」
進行役が槌を打ち、また結果だけは同じになった。衝撃的な落札の波紋を嫌うかに暫時(ざんじ)、休憩のアナウンスがあった。
……堀部の荒業に太平洋生命と欧州は意地をみせるだろうか。
沢はもちろん三者の素性を含んでいた。会場を出て、関係者控え室へ移動すると、画商の浜中(はまなか)がちゃっかりコーヒー休憩をしているのに出っくわした。この男は溝口画伯が生前、屋敷に出入り勝手を許していた悪党のひとりである。
「この勝負、堀部の総取りとみたね。代理人に託された金は無制限だ」
いつもは鼻につく断定調が「なるほど」と思えた。
――同じ人物が落札し続ければ一括寄贈もおなじ……。
沢は、すでにあきらめている願望を思いつつ、出品リストをつくづくながめた。ひと月も前から一般人までがミゾグチ狂想曲に踊っている。実に不思議な既視感を感じる。そのデジャブとは半世紀も前の話である。
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