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第3章 キリスト教世界の狼
「……確かにそうだ。いや、そうです。ごめんなさい……それにしても、なぜ我々の計画がすっかりお見通しだったんですか? カメラマンと私だけの秘密だったのに」
「ディスプレイを見れば解る」
顔認証システムは現代の報道写真との照合を終えて、過去の画像データとの照合を進めていた。二〇世紀初頭の記録映画からも、一九世紀末の銀板写真からも、一八世紀以前の肖像画からも、一七世紀の宗教画からも、マッチング確率が五〇%を超える画像が数多くピックアップされていた。
「すべて俺だ」と言って、亭主は手をひと振りした。編集長は心臓がゆっくりと動きを止め、肺が静かに呼吸を止めるのを感じた。
「そして今、うすら寒い執務室に座って書類の決裁に退屈しているのも俺だ」
鼓動も呼吸もすでに停止しているにも関わらず、編集長の意識はかつてなく明晰だった。
「……かつてワラキアの地に生を受け、『キリスト教世界の狼』と異教徒どもに恐れられて以来、いつの時代も、どの地にも、どの闇にも常に俺は存在し、森羅万象を見通してきた。そしてこれからも、そうさせてもらうつもりだ。そのためには、忠実な僕(しもべ)は何人いても困らない。だがな、このカメラマンはダメだ。人の娘を隠し撮りするような卑怯な奴は、俺の僕として失格だ」
亭主が天井に手をひと振りすると、それまで天井をふらふら漂っていたカメラマンの魂が小さな悲鳴を残して消え失せた。
「編集長の貴様も、本来なら便所まで追い詰めてぶっ殺すところだ。しかし、お前の雑誌は日本の社会や世論をコントロールするいい道具になる。だからお前には、これから俺の忠実な僕となってもらう」
亭主はそう言うと編集長の頭を抱き寄せて長く口づけした。編集長の心に、亭主に対する絶対的な愛情が湧き溢れ、その両目から止めどなく涙が流れ落ちた。
「それでは編集長、改めて居酒屋『風亭(ぷうちん)』へようこそ」
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