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言葉にしてみたものの、その答えはわかっている。昨日の電話の本当の目的はあのテレビの話ではなく、このことだったのかとようやく気がついた。
「頭いいくせに詰めが甘いんだよ」
含みのある一之瀬の言葉が突き刺さる。
なんと返せばいいのか迷っていると、九重さんが身を乗り出した。
「ぜひ貴方の力を貸してください」
新たにテーブルに置かれたのは、一之瀬の会社のパンフレットと雇用条件などを記載した書類が数枚。ちらりと見えた待遇に思わずこめかみを押さえた。
パンフレットの表紙に記された会社の評判はよく知っている。業績は好調、オメガバース性に対しての福利厚生も手厚く、充実している。給料だって下手したら今の倍はもらえるだろう。
それでも俺は拭えない不安があった。
「しかし……」
「……九重、少し外してくれ」
なおも言い淀む俺を見かねた一之瀬がそう告げて、九重さんは気遣わしげに俺の方をみて席をたった。
それを見送って一之瀬が組んでいた長い足を正し、じっとこちらを見てくる。こいつの目は本当に怖い。何もかも見透かしているのではないかと思うほど静かに人間の奥底をまっすぐに見据る。
「お前の力がいる」
「えらく弱気じゃん」
揶揄してみても一之瀬の視線の強さは変わってくれない。
「この条件じゃのめないか」
「いや、良すぎるくらいだろ」
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