不平

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不平

「っ!」  急速に意識が浮上して、俺は弾かれるように目を見開いた。薄暗い部屋にさっきまでの光景は微塵もなく、小ぢんまりとしたテーブルにベッドと少しの本棚があるだけの小さな部屋を見渡してようやく、昔の夢を見ていたのだと自覚した。  実家を出て一人暮らしを始めたのはもう10年も前のこと。つまりあの日からもう10年経ったということだ。  それが今になって夢に出てくる理由を俺はよくわかっていた。怠い体を起こして、ベッドサイドに置いている高さの合っていないサイドテーブルに置かれた電子時計を見ればもうすぐ日付を跨ごうかという時間だった。  ため息混じりにベッドから降りて、汗でしっとりしていたTシャツを着替えて部屋の明かりをつける。そこそこの豪邸だった実家と比べるのも虚しくなるほど質素な部屋が俺の城。 「しまった、明日朝から会議だ」  大きな一人言をこぼしながらパソコンデスクに向かうと、足元にとびきり可愛い子が絡みついてきた。にゃおん、と柔らかく鳴く声に誘われるまま抱き上げて滑らかでふわふわのお腹に顔を埋めれば、心に絡みついていた重苦しい何かが、ふっと軽くなった。 「ありがと、姫」  姫と名付けられた若い雌の三毛猫は「仕方ないわね」と言わんばかりにざらついた舌で頬を舐めるサービスまでしてくれた。 「いてて。もういいよ、もういいって」  ざりざりとした舌の痛さに音を上げて、姫をベッドの上にそっと放せばのんびりとひと伸びした後、くるりと丸くなって眠ってしまった。  愛らしい姿に微笑んで、テレビをつけて今度こそデスクへ向かった。
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