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娶ってから数度結ばれたきり、バタンコはジャムオジのもとにほとんど寄りつかなくなった。スタイルも器量も冴えないが、人一倍好奇心旺盛な彼女は、血の道の通う随分前から夫を持ち、この世代の習慣としては珍しく、他部族のシンコペとラッキョにも次々家庭を作っていった。だがそれにも徐々に飽きが来る。そこで目についたのがジャムオジだった。誰にも見向きもされない、もっともさげすまされた男の一人と結ばれるー。それは想像しただけでめまいのする、倒錯的な喜びの嵐をバタンコの胸に巻き起こした。またそれは、いい男としか結婚しないきれいな女達への痛烈な打撃にもなると思われた。それを知らないジャムオジは、赤子かかえて一年ぶりにバタコが戻ったときも、素直に喜び迎え入れた。
「こんな青っちろいんだから。あんたの子でしょ」
陰では誰の子だか分からぬなどと揶揄する者もあったが、ジャムオジはブンブクを、自分の子と信じて疑わなかった。そしてさすがのバタンコも、乳離れするまではと暮らしの拠点を一旦ジャムオジ中心に改め直す。その一年少しのわずかな間、ジャムオジは、人生で最大の喜びにつつまれたが、ブンブクが二言三言はなせるようになってくれば、元の木阿弥。再び他家中心に渡り歩き、時おり思い出したように食物を投げこんでは、ジャムオジの淹れるニガムシ茶には手もつけずに立ち去って行く。近頃ではそれさえ目に見えて減っている。
「うちのやつ、どこいるか、知ってる?」
突然の問いかけにブンブクの笛を不思議そうに眺めていたセザールは振り返り、
「今日はシンコペから来たんだけど、そっちにはいなかったな。ラッキョの方なんじゃないかな」
ジャムオジは、子の左手に握られた干し肉の束に目を遣る。これだけあれば足りるはずだ。
「河沿いでも三日くらいだよね、ラッキョまで」
セザールがうなずく。
「ブンブク、お母さんに会いに行こうか。分かる?お母さん」
右手の干し肉をしゃぶりながらブンブクがにっこり笑う。
「まず身体きれいにしてからいこうな」
ジャムオジは干し肉の礼を再度伝え、子を肩に乗せ、オジャマッポの川べりへ向かった。
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