第1章

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「とうちゃ、イモいや、イモいや」  消え入るようにこぼしたきりブンブクはうなだれて、ひからびた屑芋から頼りなく伸びる蔓の部分を、薬指に巻き付けてはほどき、巻き付けてはほどきを繰り返した。ジャオババの木陰、沈み行く陽を背に受けこちらを向いたブンブクの総身は、あたりより一足早く宵闇を迎えたかのように暗く沈み、ならばこのまま眠ってくれよと願う己の心模様に気づいたジャムオジは、いっそうのやりきれなさに包まれて、遠く照りだされたオジャマッポの川面のきらめきに目をこらしたが、それもやがて力なく消え、ようやく野はひとしなみの暗闇に包まれようとしていた。  やがてコトンと音がして、ジャムオジの足先に屑芋が触れる。ボボ芋の蔓は臆病者よりなお弱い―。口さがないズルンゴ族の女達はこの俚諺をしばしば口にしたが、それは貧弱な芋の特徴を記述するというより、その日お肉にありつけぬことへの不満の表出、もっと言うと、狩に下手うつだらしのない男へ向けた、怨嗟と軽蔑に裏打ちされた謂いなのであった。ジャムオジは思った。まるで自分のことじゃないか。  「とうちゃ、イモいや、にく、にく」  ジャムオジは拾い上げた芋に二、 三度しわぶきするようにつばきを吹きかけてから毛皮の下穿きにこすりつけ、そして幾分手触りがなめらかになると、儀式ばった手つきで体の正面へ。そこで両手でポクっと折り曲げる。鼻先で芋と正対すればそれだけ均等に割りやすいことを、ちかごろ発見していたのである。  「ほら、うまく割れた」  二人を取り囲む他所の集まりからは既に無数の焚火が上がり始めるが、それはいずれも遠く、父は子の顔を分かたない。ジャムオジはとうちゃん、と声のした方へ半分を差し出すと、芋もろともその手が弾かれ、再びコトン。ジャムオジの目が滲む。だが子もまた父の顔を分かたなかった。
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