第1章

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 大方の男と比べ腕力に劣るわけでない。知恵など人よりめぐる方でもある。だが、おどろくほどもてない。それには理由があった。  バタンコと結ばれる少し前、仲間らとヌルゴラ獣の狩に出た折のことである。ヌルゴラは性獰猛をきわめる哺乳獣である。しかもその巨大な体躯は、目測では起立したジャムオジの頭にもう一人のジャムオジを立たせ、さらにもうひとジャムオジのせたくらいの高さに及ぶ。つごう三ジャムオジ、天つきやぶらんばかりのその巨体と対峙する恐怖といったら!ヌルゴラによろしく―。今様には、「地獄で会おう」とでもいったところだろうが、こんな慣用句が流通するほど、我らの祖先はその影に戦慄した。したがって元来、ズルンゴの民々はヌルゴラを見たら逃げるのが習わしではあった。しかしその年、部族で一番の人気者カップル、ソボロとデンブの二人が、オジャマッポの川べりでお愉しみの最中、突如現れたヌルゴラに踏みつぶされ死んだ。折り重なった二人の無残ななきがらと巨大な足跡を目にして、ズルンゴの民々は恐慌し、咆哮し、そして激昂した。多夫多妻社会において人気カップルだということは、ステークホルダーが多いことを意味する。ソボロには八十四人の妻があり、妻らにはまた多くの夫があり、その夫らには更に妻があった。このポピュラリティの階層構造につらなる各人は、超人的な狩猟採集の名手であったソボロからの分け前に大なり小なり依存しており、ソボロの頓死は死活問題に直結する。これはそのアルファー妻、デンブの側でも同断である。  こうして、末端まで数えればゆうに五百名を超える利害関係者の存在が、世々代々卑屈な対応を余儀なくされてきたズルンゴ族の世論全体を動かしめるに至り、一つはソボロとデンブ弔いのため、一つはあばいた敵の骨肉を遺族年金として供するため、討伐隊が組織される。いかな巨体のヌルゴラではあれ、一人当たりの分け前はごく僅か。どちらかといえばカタキを喰らい無念を昇華させるというシンボル的な意味付けに力点の置かれたこの決定は、初期人類史を語る上で特筆されてよろしい。  夜通し焚かれた篝火と割れんばかりの鬨の声を背に出発した討伐隊、その中に、ジャムオジの姿もあった。ソボロ=デンブとは特につながりあるわけでなかったが、健康な壮丁はねこそぎ徴発されていた。
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