第1章

6/8
前へ
/21ページ
次へ
 ヌルゴラを見て反射的にひるんだ男たちも、誰かのあげた雄たけびにまた雄たけび重ね、やがてそれが地を揺るがすとどろきへと変じるにつれ心に火がともり、半ば意識的に喚び起こした敵への怒りは腹の底からの激情に転じていった。そしてオジャマッポ河に向け垂直をなした男達の列がいったんほどけ、水際に沿い横一線の並びとなり、全員がヌルゴラに相対する格好になると、ふたたびあがる雄叫びの輪。その無数の輪がある瞬間重なり合うと、男達は川へと一歩踏み出した。巨体の割に敏捷なヌルゴラは、普段ならこの時点で突進してくるはずだが、今は背を向けこちらを振り見ようともしない。普段の狩りとは別次元の多勢に支えられた一団は異様の興奮にかられ、しぶき蹴り上げ対岸をめざす。ヌルゴラはここでようやく巨体をもたげ、川向こうへ果てしなくひろがる乾燥地帯へ駆け出すが、だらりとぶらさがった丸太の右足は、つくかつかぬかのほんの一瞬地に触れるだけ、身は大きく左右に揺れて、ふだん悪魔のごとく野をすべりゆくその足取りはどこにも見られなかった。足をくじいていているらしい。嗜虐の予感まで加わった男たちの狂乱はいよいよ頂点に達する。いくたりかは先を急ぐあまり足をとられ、穏やかで知られるオジャマッポの川水にさえ流された。そして無事渡河をとげた大方の男たちは、じきヌルゴラに追いつくと、横一線は弓なりとなり、やがて獲物をとりかこむ大きな円陣が形成された。両手で頭を覆ったヌルゴラのずいぶん手前へ、一人が石をなげる。びくともしない。もう一人がなげる。今度は少し転がりその足先に。やはり身じろぎしない。こうして径をせばめながらヌルゴラを打ち続けたその円陣は、最後、ジャムオジを含む四人だけの小円になる。とどめの名誉を急いだ一人がわざわざ正面に回り、血だらけのヌルゴラの額へ振りかぶって思い切りうちつける。  「グーン」  漿液に濡れたまぶたが激しく動く。まだだ。  次の男も額をめがけ。  「グーン」  まだ。  そして次の一人は、離れから駆け込んで助走をつける。  「…」  もう悲鳴は聞かれない。が、かすかに動くつぶれた鼻筋の動きを一団は見逃さなかった。助走の男が舌打ちする。  「殺せ」  「殺せ」  「殺せ」
/21ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加