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誰もが一度くらいは耳にしたことがあるだろう。「女の子は恋をすると可愛くなる」という戯言もとい慰みの言葉を。何を根拠にと思わなくもないが、ホルモンがどうのこうのという論拠があるにはあるらしい。しかも、風聞では男にも当てはまるそうな。
だが、少なくとも俺は、そんなものは迷信だと思っている。
だってそうだろう。たかだか感情の起伏一つ二つで物理的に顔の形状が変化するわけでもないのに、可愛くなるはずがない。それはお前がまともに恋をしたことがないからだ、と言われればそれは素直に頷くしかないけれど。
たまに「あの子最近可愛くなったよね。好きな人ができたって言ってたもんね。やっぱ恋すると可愛くなるよね」なんて話しているのを耳にすることがある。
しかし、彼女たちは怪物よりも怪物的なブスの前で、果たして同じことを言えるのだろうか。
俺も人のことは言えないが、この世には彼女たちの想像など及びもつかない、奇妙奇天烈複雑怪奇な容姿を持つ人間がいるものだ。そういった輩は、そもそも自分達が恋愛なんて高尚な行為をできるなどとは思っていない。自分の顔面を棚に上げることになるが、俺自身、ブスと付き合うのはお断りだ。同族嫌悪がどうのこうのと論ずる前に、そもそも人間は美しいものを志向し嗜好する生き物だからだ。そして、美醜の醜に属する者々は諦観している。どうせ顔の出来が悪い自分なんかが、人並みに恋愛できるはずがない、と。
見てくれのいい人間が恋をすることを許されるのであって、恋をした人間の見た目が良くなることなどありはしない。
俺はそう信じることで自分を納得させて、この年まで彼女が一度もできずとも生きぬくことができたのだ。
そんな歪んだ信念を持ち続けて早や十と余年。一の位を四捨五入すれば飲酒喫煙も許される年齢となった。ついにこの春、高校生になったのだ。無論、だからといって何かが変わるというわけでもなく、浮ついた話の一つもなく卒業するだろうと、入学した当初は早々にそんな諦念を抱いていた。
「どういうことだよ」
しかし、自分の中で意固地に持ち続けたその歪んだ信念は、激しく揺さぶられていた。
「おはよう、練馬さん」
左隣の席に座って、しおらしく俺の名を呼ぶ少女との出会いによって。
羞月閉花、傾国美人な上に純情可憐なその少女は、いじらしく俺の顔を覗き込んでは何をするでもなく頬を緩ませていた。
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