01.

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 こういった場合、正しい対処法など存在するのだろうか。腰を据えて話しをしたところで正しい解決に向かいそうにもないけれど、この意味不明な膠着状態から脱する為には何もしないわけにはいかない。  タオルを取りに脱衣所へ向かう途中、背後でばしゃりと水の跳ねる音がして振り返れば、彼は着ていたフード付きのパーカーを脱ぎ、存分に水分を滴らせながらそれを床に放り出しているところだった。  それを咎めるより先に、コンビニで出会ったあの夕暮れを思い出した。黄金色に輝く短髪と、美しい筋肉に彩られた肉体。黄昏は雨粒へと変わり、私の目の前で飾り立てられ、眩しいくらいに輝いて思わず目を細める。彼は誰だ、と自身に訊ねる。またいちから、彼を初めて知った日を思い出し、その正体をきちんと確かめ、そしてたちまち安堵する。  目尻のピアスに雨粒が光る。ああ、私の知っている彼だ。大袈裟に長い息を吐いた。  私はあの日のように彼に近付いて、人差し指の先で水滴を拭い、彼は暫く静かに目を閉じて、大きな手で私の手首を優しく掴んだ。そして今度は彼の冷えた指先が、私の頬に触れた。その感触に少しだけ肩を揺らしたけれど、それを彼が気にした様子は見受けられなかった。 「どうかした」  彼の単調な囁きに、いいえ、と答える。あなたこそどうかしている、そう言いたかったけれど、わざわざ言葉にする必要もない気がして口を噤んだ。     
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