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私と同じ香りを漂わせる濡れた髪は目元にかかり、いつもより随分と彼を幼く見せて、その隙間から覗く双眸と視線が絡み温かく湿った肌がゆっくりと近付いた。抵抗しようと持ち上げた両腕が彼の逞しい片腕に取られて、そのまま流れるように唇を奪われた。すぐさま首を捻って逃れても、その後も何度もしつこく追いかけられて唇を塞がれた。
「なに、急に」
呼吸をする隙も与えない長い口付けの合間になんとかそう訊ねれば、彼は悪びれる様子など微塵も見せずに「なにってキスだろ」などと宣った。
彼は身体を離すと煙草に火を点け、深く息を吸い肺がいっぱいに満たされると、一度吸い込んだだけの煙草を灰皿に押し付けた。そして下着一枚を身に着けただけの無防備な姿のまま、キッチンと一続きになったリビングのソファへどかりと腰かけ、まるで自分こそがこの家の主だとでも言うようにテレビを点けて寛いだ。
「………………………」
邪魔だと思うのなら追い返したらいいだけのこと、しかし私はそうすることはないだろうと容易に想像できた。彼の存在そのものに、心のほとんどを奪われていることを知っていた。荒れ狂う白波を鎮められないと分かっていた。長い間ひっそりと凪いでいた感情が、この男ひとりによって不用意に呼び覚まされてしまったのだ。ただ、それだけのこと。ただそれだけなのだけれど、私にとってはそれだけでは済まないのだ。
テレビを眺める彼の横顔は、屋上で出会ったあの日と同じ、どこか疲労の色が窺えた。コーヒーを飲むかと聞いてみれば、うん、と確かに返事をしてくれた。
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