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 私の知り得る「彼」という人間はそういうものだったから、今目の前で表情ひとつ動かさず、気のいい会話もない彼に(それを求めていたわけではないけれど)違和感を覚えていた。黄昏時だからだろうか、夕日に赤く染められた彼の横顔が寂し気で、それを見るにつけ何故だか胸が酷く痛んだ。彼の左の目元にきらめくピアスが、まるで涙の粒に見えてしまったほど。泣いているのではないと知りつつ、しかしその光を拭いたくて彼の目尻に手を伸ばすと、彼は案外素直に目を閉じて触れることを許してくれた。丸いピアスのつるりとした心地よい感触が楽しくて、人差し指の腹や爪の先でふたつ並んだそれを辿ると、太く骨ばった彼の大きな手が私の手首を掴んだ。 「………なに」 「いいえ。………そのピアスが、涙に見えてしまって」 「泣いてるとでも思った?」 「……………はい」  正直に答えると彼は私の腕を解放し、長く息を吐き大きく伸びをして私に向き直った。 「キスでもされるのかと思った」 「え?」  訊き返すより早くピアスだらけのきらきら光る顔が近付き、唇の表面を彼のそれが素早く掠めると即座に離れ、私は呆気にとられたまま何も言葉を告げられなかった。そして彼は最後まで微笑みひとつ浮かべぬまま、色のない唇の隙間からピアスのはめ込まれた朱い舌を覗かせて、踵を返すと無言のまま去って行った。彼にとってはただの揶揄だったろう、しかし突然の出来事に私の心は自らが想像していた以上に騒ぎ出し、快も不快も理解しないまま胸の詰まる想いを抱えて去り行く背中を見送ることしか出来なかった。     
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