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少し自分でもびっくりした。なんで、あんなにイヤだったんだろう。綺麗な女性客だったからって、一誠のところで買ってくれた大事な客じゃん。あんなこっそりと建ってる小さなケーキ屋を見つけてくれたんじゃん。
一誠の作るケーキの甘い香りは嫌味な感じがこれっぽっちもしなくて、あの空間にいるだけで幸福感が生まれる。俺にも、幸福感をくれるなんて、すごいことだと思う。
食べたら絶対に美味いんだ。だから、一度でも食べたら、また買いに来てくれる。そしたら、一誠もきっと嬉しくなる。そう思ってたのに、何がそんなに俺は気に食わなかったんだ。嬉しいことのはずなのに。
「……」
看板、描かずに放り出してきた。きっと、イヤな奴って、なんだよ、急にって、思われた。
一誠にそう思われたところを想像した途端、元々殺風景で寒かった部屋がもっと寒く感じられた。あそこは、すごくあったかかったから、この寒さは少ししんどい。うちに帰ってきて、テーブルの上に鍵を置く。その音さえ、やたらと響くほど何もない部屋じゃ、この寒さをしのぐことなんてできそうにない。
――仕事、お疲れ。
一誠の笑った顔があれば、あったかかったのに。
「っ」
でもさ! でも! だって、あいつの笑顔、なんか、鼻の下伸びてなかったか? 相手が美人だったからって、イチオシのモンブランを買っていったからって、なんか、デレデレ笑ってなかったか? 美人だからって、ヘラヘラしてんじゃねぇって、そう思ったんだ。俺は別にそういう恋愛とか? 女とか? 興味ねぇし。交尾とかしたいわけじゃねぇし! だから、あーあ! 一誠も穏かそうな感じにしておいて、やっぱ、美人大好きなんじゃんって、そう思っただけだし!
だらしない顔、って思っただけだし!
「……」
やっぱ、一誠も恋愛とか、すんだなって、そう思っただけだし。
「はぁ」
ひとつ溜め息を零して、それがベッドに着地するのと同時に自分自身もベッドの上に倒れ込んだ。ボフッと、掛け布団の上に沈んで、埋もれるようにしながら、目を閉じる。
「……」
ああいうのが、好きなのかな。一誠は、ヒラヒラしたスカートが似合うような、美人がやっぱ好きなのかな。
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