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何度目かのドリンクが運ばれてきたとき、岡田は学生時代から仲のいい友人のことを話していた。
「いつも穏やかなんだよね、彼。ほら、僕らいつも人がピリピリするような環境にいるじゃない。だから、のほほんとした彼の雰囲気は癒されるんだよね」
人がピリピリするような環境というのは、パチ屋のことを言っているのだろう。
「なんだろう、居酒屋でお酒を一緒に飲んでるのに、縁側で一緒にお茶を飲んでる気分になるっていうのかな。家で飼ってる猫の話とか、近所のおばさんが野菜を分けてくれたとか。そんな話ばっかりしてて、年寄かよって思うんだけど、そういう老後を過ごせたらいいなって良く思うんだよね」
まるで今の環境とはかけ離れた、けれどどこにでもある他愛ないことが、彼には幸せに映るようだった。その感性が、いいなと不意に思う。こういう思考を持てる人は、その時点で十分穏やかな人間性を持っている。そんな人との未来は、日々の小さな幸せを感じていけるものなのだろう、と勝手に想像していた。
「いいね、そういうの」
私はそれ以上を言葉にするのを、寸でのところで止めた。いいなと思っても、それ以上踏み込む気のない人間が思わせぶりなことを言ってはいけない。これは私の信条だ。楽しいから会う機会を増やすことを思わせぶりだと言われるのならもうどうしようもないのだけれど、それ以上のことをするのはタブー。
それでも、私だって本当は幸せになりたいのだ。
もうずっと、好きな人がいる。何よりも大切なその人との未来が分からない私でも、それならもしその人と一緒にならない未来があったとしたならば、別の幸せを探したいと思っているのも事実だった。
結局、その日も変わらず呑気に笑い合ってお開きになった。
この心地いい空間は、いつ終わりを迎えてしまうのだろう。もう少し先ならいい。その時、岡田との未来を選んでみようと思えるならそれでもいい。もう少しだけ、この何気ない日常が続けばいい。まばらな星空にそう祈りながら、帰路をたどった。
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