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――多分、きっと、彼女は知らない。
「ね、そろそろ栗ご飯の時期だね~」
「何? 急に」
笑って言うといちかの口が尖る。
「……今、食いしん坊だって思ったでしょ?」
「いや?」
「もう。笑ってる~!」
繋いでいる手とは反対の手をいちかが怒ったふりして振り上げるから、皐月も笑いながら逃げる。
手は繋いだままだから至近距離での鬼ごっこだ。
――多分、きっと、彼女は知らない。
こんな些細なじゃれあいで、どれほど幸せだと感じているのか。
――多分、きっと、彼女は知らない。
何でもないように装っているだけで、本当は、恥ずかしい話。手を繋ぐのもドキドキしてるんだ。
付き合う前の幼馴染としてではない。お互い気持ちがあって繋いでいるんだと思うだけで特別なものになった。
好きだ。いちかのことが物凄く。
だから触れたいって思うし、特別じゃなきゃ触れることができない場所を知りたいと思ってしまう。
笑う口元を華やかに彩っているそのピンク色の唇とか、普段は隠れている抱きしめたら柔らかくていい匂いがする身体とか。
こんなこと言える訳ないんだけど、手を繋いでいるだけで充分だって思ってるんだけど、でも本当はきっと彼女が引いてしまうようなことを考えてるんだ。
夢だって、紛れもない願望で。
嫌われたくない。大事にしたい。でも触れたい。
矛盾してるってわかっているけど、どうしたらいいのかわからないんだ。
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