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「きみはそんな大切な掛け替えのない僕の娘を持っていくんだ。まあ、完全には渡さないけどね」
「お父さん」
苦笑いするいちかに、お父さんはふっと微笑んだあと、もう一度『父親』の顔に戻る。
「いちかもわかってほしい。いちかは僕にとって。勿論母さんにとっても、それほど大切な存在なんだってことを。……きみたちはまだ学生で、これからの未来だってある。その場だけの勢いで突っ走ってはいけないこともあるって、わかってくれるね?」
「はい」
最後は皐月へ、真剣な表情で念を押すと、お父さんはふわっと今日一番の優しい顔で笑ってくれた。
けれど次の瞬間。何故か意地悪な顔つきに変わり、ニヤニヤと笑みを浮かべだす。
不思議に思い首を傾けるふたりに、いちか父は爆弾を落とした。
「皐月くんも隠れて壁ドンの練習するくらい本気みたいだし、安心だな」
「壁ドン?」
「お、おじさん!?」
それは皐月限定。恥ずかしい大きなひみつの爆弾だった。
首を傾げ続けているいちかに対し、物凄い慌てようの皐月に「ごめんごめん」とお父さんが一応手を振っている。
イギリスにいた頃、いちかに好かれる為、日本で流行っているという壁ドンを皐月は必死に練習したことがあった。
それを母親に目撃され、死にたくなったあの感覚がよみがえる。
(母さん……っ!)
多分応援してくれようとしてくれたのはわかる。わかるけど、もっと他になかったのかと皐月は頭を抱えた。
「ねぇ皐月? 壁ドンって?」
「何でもない!」
「え~?」
必死に隠す皐月と不満そうないちか。
「これくらいの意地悪は許されるよな」
騒がしいふたりの声を聞きながら、いちか父はそっと呟いた。
* * *
「何か、結婚の挨拶に行ったみたいになっちゃったね」
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