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突然の提案。
けれど、いちかにとってこの言葉は突然ではなく、実はずっと切り出そうか迷っていたことだった。
いつの間にかふたりの足は止まっている。
(やっぱりまだ、早かったかな?)
ドキドキと煩い胸の音。
彼氏にお弁当を作ってもいいか、と聞くのはみんな少なからず緊張する言葉ではあると思うが、いちかにはそれだけじゃない理由があった。
皐月にお弁当の話をしたのは今が初めてのことではない。
あれはまだ杉先輩と付き合っていた頃のことだ。
いちかは杉先輩のお弁当を作る練習に、皐月を毒見役にしようとしたことがあった。お弁当と聞くとそのことが思い出される。
いちかが覚えているのだ。当然皐月も覚えているだろう。
けれど皐月が毎日お昼にパンを食べていて、彼の為にお弁当を作ってあげたいといつも思っていたのだ。
(でもあのときの皐月、すごく怒ってた。きっといい記憶じゃない。それを私があげたいからって言うのは違ったかも……)
振り絞った勇気が途端に不安な気持ちに変わりそうになった、そのときだ。
「え?」
ワンテンポ遅れて聞こえた皐月の驚いた声。
気持ちと共に俯きがちになっていた顔を上げる。
すると見えた皐月の嬉しそうな顔。
「俺に?」
その顔に、声に、不安は嘘みたいに晴れていく。
「やった!」
今日一番の可愛い笑顔が、いちかの心に花を咲かせた。
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