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* * *
遠くの方から管楽器の音がする。
静かな教室に女の子とふたりきり。男なら少し意識してしまいそうなシチュエーションだが……。虚しいかな、シャーペンが忙しなく擦れる音だけが響いている。
若葉に「このページにある文法をよく見ながら訳せ」と言われ、樹は必死に教科書とプリントを交互に睨み付けていた。
(よし! できた!)
やっと大きなくくりの設問が一つ終わり、樹はパッと顔を上げる。
若葉は窓の外をぼんやり眺めていた。
「……河合さん、図書委員って楽しい?」
「終わったの?」
「終わった」
樹がこくりと頷くと若葉がプリントに視線を落とす。
ずれていない眼鏡を押さえるのは癖なのだろうか。
「ん。大丈夫そうだから次」
「は~い」
樹は再び眉間に皺を寄せて唸る時間。
前からがさがさという音がかすかに聞こえるから、若葉は多分またポケットからお菓子でも取り出しているのだろう。
(考えたらお腹減ってきた)
脳が身体に指令を送っているというのは本当みたいだ。お腹がぐぅ~、と情けない鳴き声を上げる。
「委員会、結構楽しいよ。漫画読み放題だし」
ん、と差し出された飴玉の包みを受け取り、スルーされたと思っていた話題を拾ってくれたことも含め、樹はありがとうを口にした。
「図書室に漫画なんて置いてあるんだ?」
「あるんだな~。これが」
「へ~。 俺あんまり漫画読まないからなぁ」
偶に友達に借りて読むくらい。家には一冊も置いていない。
そういえば中学の時、イギリスにいる皐月におすすめ漫画を送ったらしいが、全くもって覚えていない。
『悪魔が愛した壁ドン』だっけ? あれ? それはサブタイトルだったか?
つまり何が言いたいかというと、こんな強烈なタイトルを忘れてしまうくらい樹は漫画本というものに疎いのである。
「うちの図書室凄いんだから! 大手古本屋並み! なんやかんやで身体か小っちゃくなっちゃって、それでもじっちゃんの名に懸けて戦う推理マンガとか、明日の一歩とか、全巻揃ってるんだから~。あの長期連載物をだよ? 凄くない? あとこっち向いてハイスコアとかぁ」
他にも~、と止まらない若葉の駆け抜けるトークに、樹は「あ、俺の話聞いてないな」と察した。
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