甘い日常

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「喧嘩するなら他所で勝手にやってください」  ちょっと不機嫌そうな声がいちかの鼓膜を揺らす。  お腹に回された腕がきゅっと優しく、でも渡さない、というかのように更に引き寄せられて、途端。ぼわっと自分の身体が熱くなるのがわかった。 「さ、皐月っ」 「ほら、いちかだって俺とのいちゃいちゃタイムを満喫したいって」 「ひゃっ!」  ね? と同意を求めてきた皐月の息が耳を掠めて、いちかの身体が跳ねる。  皐月は一瞬驚いたように瞳を丸くさせたあと、何故かそのままいちかの肩に顎を乗せた。 (な、な、なっ)  まさかの行動にいちかはうんともすんとも反応を返せなくなる。  皐月の髪の毛が頬に触れて、その近さにドキドキと心臓が騒ぎだす。  回された腕が、強くなった爽やかなシトラスの香りが、いちかの思考をクラクラさせた。 「……幼馴染くん、この頃調子乗ってない?」  むう、と眉を寄せた若葉の視線がいちかの顔のすぐ右隣に向いている。  いちかは固まったままだ。 「そうかもな。幸せすぎて怖いよ」 「あらぁ。それは大変。幸せすぎて禿げる前に少し距離をとった方がよろしいんじゃなくって?」 「はっ!? ……ごほん。河合さんこそ、禿げるかもしれないくらいの相手に出会えるといいですね。誰かご紹介しましょうか? 例えば年中リムジン乗り回す英語が喋れないボンボンとか。……第一うちの家系は代々白髪派なんだよ!」 「ハハッ。ざんねーん。男は禿げるんですー。その点私は禿げ上がるような恋をしても女性ホルモンが守ってくれるんですー。だからご心配なく」 「ぐっ」  きっぱり言い切った若葉の方にどうやら軍配が上がったようだ。  サラリとこれ見よがしに髪をなびかせた若葉に皐月は一言も言い返すことができず口を噤む。  禿げ関連の話題はどうしてだろう、男である皐月の神経をすり減らすのだった。 「ねえ、皐月」  不意にノックアウト寸前の皐月の肩が樹の人差し指に突かれる。
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