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「森野さんとこのね、健君、覚えてる? 」 母親が椀によそった味噌汁を置いていく。 僕は人数分の箸を取りに、台所へ立つ。 「さあ」 「覚えてるでしょ。いっこ上の。その健ちゃんがね、コックさんになったんだって」 「へえ」 「ほら、前、大手の自動車会社に勤めてるって言ったでしょ。そこを辞めてフランスへ修行に行って、今は大阪でコックさんやってるんだって。すごいよねえ」 「ふーん」 僕は取った箸をまとめて、ばららっとテーブルの真ん中に置いた。 「すごいよねえ」 「コックが向いてたんだろ、その健ちゃん?は」 言いながら椅子に乱暴に座った。 母親が黙る。 「僕はコックなんてできない」 「わかってるわよ。・・・ねえ、誰かいい人いないの」 「いないって」 「もう、あと三年で三十でしょ。三年なんてあっという間だよ。早く独立してもらわなきゃ困るんだから」 母親が置いた味噌汁を、無言でにらみつけた。
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