第一話 来訪

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第一話 来訪

 突然、左の肩に柔らかな重みを感じた。夕闇が濃くなっていく様子を見るともなしに見ていた司は、静かにそちらを振り向いた。 「ああ、妹さん眠っちゃったねえ」  運転席から、ドライバーの男性が笑って声をかけてきた。 「ええ」  タクシーに乗り込んだ途端にうとうとしだしたさやかは、すっかり寝入ってしまったらしい。司の体にもたれて細い寝息をたてている。  起こしてしまわないよう注意しながらシートに座り直して、その体を支えやすいようにした。 「遠くからこんな山奥まで来たんだもの。疲れてるんだね」 「暗くなる前に到着できればいいと思ったんですが、電車が遅れて」 「電車が遅れるなんてしょっちゅうだよ」  気さくに笑って彼は言った。 「昨日も村までのお客を乗せたんだけどね、座席が硬くて寝れやしなかったって怒ってたよ。そんなことアタシに言われたってねえ」 「その方も、祭の見学で?」 「なんだか、旅行雑誌の取材だって言ってたけどねえ」 「記者の方ですか」 「カメラマンと二人だったよ。ここ数年祭りのときにはいろんな人が見物に来るようになったからね。大学の先生やら記者さんやら。なんでも、あすこの神事舞が珍しいものだからって。今年は昨日のお客と、あんたがたが二組目だね」 「宵宮は明後日でしたよね」  さやかの方を気にしながら、司は運転手に訊いた。 「当屋(とうや)は今日から準備に入るからね。その様子も取材するんじゃないかな。今頃は祭の準備で若い衆は大忙しだよ」 「〈若い衆〉?」 「ああ。宮座の、年の若い連中のことをそう呼ぶんだ」 「宮座(みやざ・村の祭祀組織)には、村に生まれた長男しか入れないと伺いましたが」 「そうそう。アタシも村のモンじゃないからそう詳しくはないけどね、あすこの宮座にはいろいろ細かい決まりがあってねえ、祭は若い衆が中心になって、舞やら儀式やらをやるんだ」 「では、当屋もその〈若い衆〉の方が務めるのですか?」 「そうだよ。今年は杉山の坊だったかな」 「そうですか」  わずかな沈黙の後、運転手の男性がまた話しかけてきた。 「あんたたち、祭の間は田辺さんちでやっかいになるの?」 「はい」 「親戚か何か?」 「いえ、大学の先生に紹介してもらったんです。以前、お世話になったそうで」 「ああ、そう」
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