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エピローグ
「それにしても急だなあ」
「すみません。茂さんのこともあるのに慌ただしくて。本当ならきちんとご挨拶してお暇したいところですが」
「そりゃ、まあ、仕方ない。気いつけてな」
おおらかに笑う宏之の後ろから久子が手を上げる。
「司くん、タクシー呼んだから」
「すみません」
「いいんだけど。寂しくなるわ」
「そんな、ご主人が帰ってらしたのに」
「そうね」
久子は頬に柔らかな笑みを浮かべた。
「どうして突然いなくなったのか、この一年どこにいたのか。疑問に思うことはたくさんあるけれど、でも、とにかく戻ってきてくれてよかった」
客間では亜衣がさやかにしがみついて泣いていた。さやかは切ない表情で泣きじゃくる幼女の背中を撫でる。
「ありがとね、亜衣ちゃん。でもこうやって、別れを惜しんで泣いてくれるのは今だけ。きっとすぐに私のことなんて忘れてしまう。あなたも変わってしまう」
亜衣は大きな丸い瞳でさやかを見上げる。
「でもそうだね、もしあなたと私がまた出会うことがあって、そのときあなたが今と変わらない心の持ち主であったなら。そしたらそのときは、私はあなたの願いをなんでもかなえてあげる」
亜衣の頭を撫でて、さやかは微笑む。
「約束するから」
この世にひとつでも純真さを失わずにいてくれる存在があると信じたいから。
いつの間にか亜衣はすっかり泣き止んでいた。
「さよなら、亜衣ちゃん。元気でね」
亜衣は二度と泣き出さなかった。
「昌宏! どこ行くんだよ」
「ちょっと」
「ちょっとって。バカ! 衣裳のままでっ」
「どこ行くんだ、あいつ」
「見送りだろ。あの子今日帰るんだって」
「祭の間いるんじゃなかったのかよ」
「ちぇー」
横で少年たちの会話を聞いていた和臣は隣の統吾に話しかけた。
「なんだか不思議な兄妹だったな」
「そうですね」
「にしても、長老たち相当だな。今どき人身御供も何もないだろうが」
渋い表情の和臣に統吾は笑って言った。
「中谷さんも見つかったわけだし。確かに謎が多いですけどいいじゃないですか」
「終わりよければそれでよし、か? それもなんだかなあ」
和臣は納得がいかないようである。
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