エピローグ

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「幣が割れたんだか知らないけど凶兆だのなんだのさんざん騒いだあげく、なんの罪もない中谷さんに責任押しつけて、それで本人が発見されるとあれは瑞兆だったのだ、だろ? やってられっか」  けれど、あれは本当に神の業としか思えないのである。  神が寄り付くといわれる翁の面をつけて倒れていた茂。彼は神と共にあったのではないだろうか。そう思えるほど目覚めたときの彼は神がかった瞳の色をしていた。  それにさっき見つけた粉砕した『山の神』の祠。どうしたらあんなふうに木っ端微塵になるというのか。 (何かが変わったのだろうな)  そして、久子の願いはこれ以上のない形でかなったのである。茂には失踪中の記憶がなく発見された状況が状況だ。村の者は皆口をそろえて彼の失踪を「神隠し」の一言で片づけてくれるだろう。 「良かったと、思いますよ」  何度も噛み締めるようにつぶやく統吾の背中を、和臣はバシバシ叩いた。  家の前にはもうタクシーが止まっていた。玄関先で暇の挨拶をした司とさやかが出てくる。門前に立ったまま、昌宏はそれを見ていた。さやかが気づいて近づいてくる。 「万歳楽、見れなくて残念」  俯いて足元を見つめている昌宏にさやかが話す。 「でも練習を見せてもらえたから。すてきだったよ。本番がんばってね」  さよならを言ってさやかは踵を返す。 「待てよ」  昌宏は慌てて叫んだ。 「おれ……とにかく、ありがとう」  さやかは驚いて振り返る。 「どうして? あたし何もしてないよ」 「でも、ありがとう」  頑なに繰り返す昌宏に、彼女の表情が不意に歪んだ。 「まいっちゃうな」  歩を返し、さやかは昌宏に抱き着いた。 「さよなら。元気でね」  そうして身をひるがえしてさやかはタクシーに乗り込んだ。呆然としている昌宏を残して走り出す。  集落を後にしトンネルを潜ってひとつ山を越えたころ、ずっと沈黙していた司が口を開いた。 「最初の予定通り、明日まで滞在してもよかったんだぞ」  窓の外へ顔を向けていたさやかは、振り返って少しだけ笑った。 「情が、移っちゃいそうだったから」  泣きそうにくしゃくしゃになった顔を隠すようにさやかは顔を俯けた。
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