2 こんにちは、さくら

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「どっちにしても今はまだ、目の前のことで頭がいっぱいだわ」  と、のぞみは壷の中へお箸を突っ込んで、しばらく掘り進んだあと壺の底からタコ焼きを掴みだした。これがこの駅弁の売りなのである。  ごはんの底に昧もれていた為、ほっこりと蒸された丸い塊を、のぞみはしばらく眺めてから、口の中へ放り込んだ。その様子を眺めながら、私は快活に言った。 「けれども僕は嬉しいな。今までは君はみんなのアイドルだったけれども、これからは僕だけのものになるんだから」 「期間限定でね」  のぞみは微笑を浮かべた。そうして自分のお腹をさすった。さっきのタコ焼きに比べると、まだまだ平らなままだった。 「もうじきこの子のための〝のぞみ〟になるわ」  子供の名前は決めていた。やがて彼女は〈さくら〉と呼ばれ、きっと母親と同じように、皆に愛される存在になるだろう。私たちは女の子が欲しかったのだ。 「なにかお祝いをしなきゃね」  私が何気なしにそう言うと、のぞみはしばらく考えたあと、思いがけないことを聞いてきた。 「それは、何のお祝い?」  こんどはこっちが考えた。 「ええと、出産祝いかな。でもまだ生まれていないし、懐妊祝いなんてあったかな。退職祝いっていうのもなにか変だし、かといって寿退社でもあるまいし」  しどろもどろになった私に、のぞみはきっぱりとこう言った。 「結婚祝いがまだよ」  そうなのだ。私たちは新婚旅行というものをしていない。なにしろ代わりなんていないから、のぞみは年中無休で働いてきたのだ。 「そりゃあいい」  私は一も二もなく賛成した。 「君は今まで、人を旅に連れていくばかりだったからね。いちど自分を旅に連れていってあげる必要があるよ」 「そういうものかしら」  のぞみはしれっとしといる。    こうして私たち夫婦にとって、数年遅れの新婚旅行が決まった。さらにその旅は、私が初めて妻に乗ったという、記念すべきものにもなったのであった。
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