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「探して、もし見つけたら……、君の目の前で――私の『運命』を殺してあげましょう」
だが、想像を絶する夢川の考えに、止まるのは俺の心臓ではなく『運命』のそれだと思い知らされる。
夢川は本気だった。本気でそれを実行するつもりだった。目を見ればわかる。伊達に長年そばに居たわけじゃない。
「それなら、もう、気に病むこともなく、ずっと私のそばに居てくれるのでしょう?」
柔らかな微笑が、――狂気のふちを俺に覗かせた。
「や…めてください、俺はそんなこと望んじゃいない!」
「なら! 二度と私から逃げようとするな!」
血を吐くような叫びだった。
それは俺の胸を抉って、心臓を握りつぶさんばかりの激しさで揺さぶった。
「二度と! 何があっても、他の男になど抱かれようなどとするな!」
「――ッ」
出尽くしたと思っていた涙が再び溢れ、世界を歪ませた。
苦しそうな、辛そうな、普段は端然として涼やかな夢川の顔も世界と共に歪む。
「ううううううぅぅぅっっ…ふぅぅううううっっ」
堪えても堪えても唸り声のようなみっともない嗚咽が歯と歯の隙間から漏れ出た。
感情が滅茶苦茶に荒れて、申し訳なさと嬉しさと愛しさと悔しさと不甲斐なさと怒りと…すべてがごっちゃになって涙として流れた。
「っ…お…れ…! おれ…、ずっと…、不安…でっ、信じ…られなっくて…! こどもも…いるのに…っ、いつか…、ぜんぶ…! な…くなって、しまうかも…って…、ばかみたい…に…!」
いつもいつもそんなことばかり考えていたわけじゃない。
幸せは本物で。
恵まれていることに感謝してもいた。
だが、幸せだからこそ、――怖かった。
光が強ければ強いほど、暗い影も濃くなった。
慌ただしく日常を過ごす中でも、心の片隅には、常に不安がつきまとっていた。
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