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「君だって――私のことが好きなはずなのに」
「違う」
しかし、つい言い返してしまって聞こえないふり作戦は失敗した。
「違いませんよ」
「違います」
顔をあげてきっぱりと否定すると、上司の顔が悲しげに歪んだ。
「違いません。私に告白されて発情したんですから。――君は、私が好きなんです」
必死な色をその瞳に浮かばせ、俺を懐柔しようとする夢見がちな上司に、俺は泣き笑いを浮かべた。
……ほんとーに、どうしようもない人だ。
俺がそんな甘言に騙されると思うのか。
それでも――、
騙されるばかりだったこの人が、俺に縋って必死で騙そうとする姿に、俺の心は簡単に傾いでしまった。
――そもそも、俺はこの人の頼みごとに弱いし、俺はこの人以上にチョロい人間なのだった。
この人には制服に鼻水をつけてダメにしてしまった借りもある。
……はじめから勝ち目などなかったのだ。ただ、他ばっかり見ているこの人を認めたくなくて、ひたすら足掻いた十年。
俺にとって、あの出会いこそが「運命」だった。
それでも、……もうしばらくは、俺を頑張って口説いてもらおうと思う。
十年とは言わないから。もう少しだけ。
「運命」という言葉に踊らされ、浮気ばかりを繰り返してきた天然印の俺の番。
(ねぇ、あんたが俺の運命の番だって、知らなかっただろ?)
――だから、それをバラすのは、もう少し先までとっておこうと思う。
END
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