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自らの保身しか頭にないひどい言い草である。
黒歴史とは失礼千万な。というか全般的に失礼なことしか言っていない。
……今までの恋愛に恥じるところなどどこにもないのに。
どれもこれも本気だった。
好きだった。
大切にしていた。
なのに、気持ちは届かない。
いつだって、――届くことはなかった。
「君に私の気持ちはわかりませんよ」
……自分の気持ちばかりを大事にしていたから、そのとき彼がどんな表情を浮かべたのか見ようともしなかった。だから、彼が寂しそうに笑っていたことを、夢川は知らない。
部下である彼との付き合いは、早十年ほどになる。
出しゃばることなく、半歩下がって主を支える。
というような、……間違ってもそんな殊勝な部下ではない。
口も出すし、場合によっては手も出す。
一度など、「いい加減に目を覚ませ」と張り手をかまされたこともある。
……あれは…確か結婚詐欺にあったときだ。
おかげで未遂に防げたものの……、すっかり相手のΩにのぼせ上っていた自分はかなり酷いことを彼に言った。
たかが部下の分際でプライベートに口を出すな…みたいなことを、つい勢いで言ってしまった。
しかし、――それでも彼は目に涙を浮かべながらも、一歩も引かずに自分を諭した。
「本当に、あれがあんたの運命だと思うのならば、俺を思い切り殴り返してそいつのとこへ行け! さぁ、殴れよ!」
まさに捨て身の説得だった。
「俺の屍を越えていけ」的なシチュに、……なんだかすべてがバカバカしくなったし、なによりも、彼を殴ってまで相手のところへ行きたいなどとは爪の先ほども思わなかった。
――ありえない話だ。
自分にずっと寄り添ってきてくれたこの部下を振り切ってまで相手のΩのところにいく価値が…意味がどこにも見いだせなかった。
同時に、熱病のようだった恋心もあっという間に冷めてしまった。
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